人を育てるまち船場

さまざまな分野で活躍する人材を輩出しました
「適塾」は、緒方洪庵が江戸末期の天保9(1837)年に創設した蘭学塾で、福沢諭吉ら明治時代に活躍する名士を育て、いまも中央区北浜に築後200年以上の姿をとどめています(重要文化財)。
大坂の豪商たち(五同志)が設立した「懐徳堂」、民衆に漢字を教えた「泊園書院」など、これらは世の中をよくしたいという強い意志を持った民間人らによってできた教育機関で、その意思は、のちに設立された大学などにも受け継がれています。この他にも船場周辺には多くの私塾・学問所、教育施設がつくられ、商業や医療、文化など様々な分野で活躍する人材を日本や世界に送り出してきました。
コラム
適塾生の衣食住ー勉強そして勉強!
適塾の入塾者は、全国から集まってきました。福沢諭吉は、著書『福翁自伝』の中で、天満橋で安い魚を買い求め、机をまな板にしてさばいた、とあります。朝から晩まで机に向かい、眠るときでさえ机の上だったといいます。
時代が大きく動いた幕末、「開国か、攘夷か」騒然とするさなか、純粋に勉強一筋という姿勢を貫いたのは、洪庵の教育方針でした。
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